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武州入間河沈水の事
武蔵の国入間河のほとりに、大きなる堤を築き、水を防ぎて、その内に田畠を作りつつ、在家多くむらがり居りたる処ありけり。官首と云ふ男なん、そこに宗とあるものにて年比(としごろ)住みける。
ある時、五月雨日比になりて、水いかめしう出でたりける。されど、未だ年比此の堤の切れたる事なければ、「さりとも」と驚かず。
かかる程に、雨沃こぼす如く降りて、おびたたしかりける夜中ばかり、俄にいかづちの如く、世に恐しく鳴りどよむ声あり。此の官首と家に寝たる者ども、皆驚きあやしみて、「こは何物の声ぞ」と恐れあへり。官首、郎等を呼びて、「堤の切れぬると覚ゆるぞ。出でて見よ」と云ふ。即ち、引きあけて見るに、二三町ばかり白みわたりて、海の面とことならず。「こはいかがせん」と云ふ程こそあれ、水ただまさりにまさりて、天井まで付きぬ。官首が妻子をはじめて、あるかぎり天井にのぼりて、桁・梁に取り付きて叫ぶ。この中に、官首と郎等とは、葺板をかき上げて棟にのぼり居て、いかさまにせんと思ひめぐらす程に、此の家ゆるゆるとゆるぎて、つひに柱の根抜けぬ。堤ながら浮きて、湊の方へ流れ行く。
其の時、郎等男の云ふやう、「今はかうにこそ侍るめれ。海は近くなりぬ。湊に出でなば、此の家は皆浪にうちくだかれぬべし。もしやと飛び入りて、泳ぎてこころみ給へ。かく広く流れちりたる水なれば、自ら浅き所も侍るらん」と云ふを聞きて、幼き子・女房など、「我捨てて、いづちへいまするぞ」とをめく声、最も悲しけれど、とてもかくても助くべき力なし。「我等ひとりだに、もしや」と思ひて、郎等男と共に水へ飛び入る程の心の内、生けるにもあらず。
しばしは二人云ひ合はせつつ泳ぎ行けど、水は早くて、はては行末知らずなりぬ。官首ただ一人、いづちともなく行かるるにまかせて泳ぎ行く。「力はすでに尽きなんとす。水はいづくをきはとも見えず。今ぞ溺れ死ぬる」と心ぼそく悲しきままに、かこつかきには、仏神をぞ念じ奉りける。「いかなる罪の報ひに、かかる目を見るらん」と思はぬ事なく思ひ行く程に、白浪の中に、いささか黒みたる処の見ゆるを、「もし、地か」とて、からうじて泳ぎ着きて、見れば、流れ残りたる蘆の末葉なりけり。かばかりのあさりもなかりつ。
「ここにてしばし力休めん」と思ふ間に、四体に悉くまとひつくを、驚きてさぐれば、皆大ぐちなはなり。水に流れ行くくちなはどもの、此の蘆にわづかに流れかかりて、次第にくさりつらなりつつ、いくらともなくわだかまりゐたりけるが、物のさはるを悦びて巻きつくなりけり。むくつけなく、けうとき事、たとへん方なし。空は墨を塗りたらんやうにて、星一つも見えず、地はさながら白浪にて、いささかのあさりだになし。身には隙なくくちなは巻きつきて、身も重く、はたらくべき力もなし。地獄の苦しみもかばかりにこそはと、夢を見る心地して、心うく悲しき事限りなし。
かかる間に、さるべき仏神の助けにや、思ひの外に浅き所にかきつきて、そこにてくちなはをば、かたはしより取り放ちてげる。とばかり力休むる程に、東白みぬれば、山をしるべにて、からうじて地に着きにけり。船求めて、まづ浜の方へ行きて見るに、すべて目も当てられず。浪に打ち破られたる家ども、算を打ち散らせるが如し。汀に打ち寄せられたる男女・馬牛の類ひ、数も知らず。
其の中に、官首の妻子どもをはじめとして、我が家の者ども十七人、ひとり失せでありけり。泣く泣く家の方へ行きて、見れば、三十余町白河原になりて、跡だになし。多かりし在家、たくはへ置きたる物、朝夕よびつかへし奴、一夜の内にほろび失せぬ。此の郎等男ひとり水心ある者にて、わづかに寿生きて、明る日尋ね来たりける。
かやうの事を聞きても、厭離の心をば発すべし。これを人の上とて、「我、かかる事にあふまじ」とは、何の故にかもて放るべき。身はあだに、破れやすき身なり。世は苦しみを集めたる世なり。身はあやふけれども、いかでか、海山をかよはざらん。海賊恐るべしとて、すずろに宝を捨つべきにあらず。況や、つかへて罪を作り、妻子の故に身をほろぼすにつけても、難にあふ事、数も知らず。害にあへる故、まちまちなり。只、不退の国に生れぬるばかりなん、諸々の苦しみになんあはざりける。


